そんな疑問を持ってしまうんは、この状況がそうさせたんかね。さておき、そんなことを聞いても誰も答えてくれへんやろう。ましてや、私もその感性というもんが何たるかを知らんし、それを知っている人間にも会ったためしがないわ。もし君自身がこれについて知ってることがあるんやったら教えてくれ。

まず、このご時世に君の言う、男は外の仕事、女は内の仕事としてるという時点で、間違いやと言わなあかんなあ。紀元前のギリシア時代ならまだしも今はもう21世紀や。まず、感性とは善いものやと思っとるんか？

では、感性を善いものとして、その感性から生み出されるもんは全て善いもんだと君は思ってるんか？

しかし、君はひとそれぞれに感性があるとゆうた。そしたら、それぞれの感性があるべきで善いも悪いもないんやあらへんか？

たとえ、それぞれの感性が数多くあったとしても、それらの感性はすべてあるひとつの同じ本質的な特性をもっているはずや。そやから、いずれも感性やと言える。この本質的な特性に注目せなあかんねん。

それは人間の魂が巡っているからや。われわれは前に生きていた世界で、ありとあらゆるものを経験してきてる。人が「探求する」とか「学ぶ」とか呼んでるもんは、実はそれを想い起こすことにほかならないんや。

いや、真面目に聞いてもろうたら困る。そんなふうに考えたほうが知らへんことに直面したときに、その探求を鼓舞して、ひとを怠惰に陥ることを防ぐための方便になるんや。

感性が何であるかもわからへんのに、その性質を考察するのはいささか無理があるんとちゃうか？

でも、その性質を考察する方法はあるにはあるんや。

正しいんか間違ってるんかは別として、結論を先に仮定したら、そこから遡っていく手法はどうや。

感性とはひとに教えられるものやとする。そしたら、感性は知識ということになるやろ。知識というんであれば、教えられることになる。

教えられるんであれば、教える教師がいるはずや。しかし、私はこの感性を知識として教える教師に出会ったことがあらへん。

では、その感性をもったひとが増えへんのはなぜや？　感性が教えられるんやったら、時代が経るにつれて感性を持ったひとが増えてもおかしくないやろ？

であれば、感性とは教えられるもんではないということになる。

そうや。ところで君はその感性というもんを持ちあわせてへんと考えてるんか？

しかし、さきほど君は感性をもったひとはこの世の中には少なからずいると言ったんやけど、それはどうやって認識しているんや？

その認識はいつから君に備わってたと思うんや？

それが想起というもんや。君はすでに感性というものが何かを知っているわけや。いや、知っていたわけや。生まれる以前から。

君はわれわれの眼前に見えるあの新緑の東の山々、空に浮かぶ雲、そしてあの山から昇る朝日をどう思うんや？

そうやろ。人間は生まれながらにして“そういうもん”に対して美しいと感じる心の働きを持ち合わせているわけや。つまり、美そのものへの感性は、誰から教わったもんでもなければ、訓練によって身につけたものでもあらへん。

なるほど。それはあの山と私のつくったもんに君は美しさと等しさを見出したわけや。

そんな君の感性っちゅうもんは、生まれる前から持ち合わせてた普遍的な感性とも言えへんこともないけど、断言はできひんなあ。感性が何たるかは不明のままなんやから。すべては仮定の話や。

私も君と同じや。来たるべき明日のための仕込みをせなあかん。

いいんや。いつでも話しかけてくれてもええ。私は君の傍におるから。

近いな。